「住宅タイプ別ではAエリアのほうがBエリアより安いのに、全物件の平均ではAエリアのほうが高い」。集計結果を前に、どちらを報告すればよいか迷ったことはないでしょうか。筆者も、以前に賃貸相場の分析に携わった際、内訳と全体で比較結果が逆転する現象に出会いました。計算を確認しても矛盾が消えないときは、数字を選ぶ前に、比較している対象と判断したい問いを整理する必要があります。
住宅タイプ別ではAエリアが安いのに、全物件の平均では高い
住宅タイプ別の平均賃料と、全物件をまとめた平均賃料では、エリア間の大小関係が逆転することがあります。
筆者が以前に携わった賃貸物件相場のエリア間分析でも、グループごとの平均と全体の平均で、比較結果が逆転することがありました。この経験から伝えたいのは、内訳を確認した後でも、全体についての結論には注意が必要だということです。
ここでは、二つの地域「Aエリア」と「Bエリア」の物件を、シングル向けとファミリー向けに分けて比較します。以下は、当時のデータとは別の、説明用の仮想例です。
| 住宅タイプ | Aエリアの平均賃料 | Bエリアの平均賃料 |
|---|---|---|
| シングル向け | 6万円 | 7万円 |
| ファミリー向け | 12万円 | 13万円 |
| 全物件(両タイプ合計) | 11.4万円 | 7.6万円 |
シングル向けでもファミリー向けでも、Aエリアの平均賃料はBエリアより1万円低くなっています。しかし、全物件をまとめると、Bエリアのほうが低くなります。
このように、グループ別と全体で比較の方向が逆転する現象は、シンプソンのパラドックスと呼ばれます。なぜ、どちらの住宅タイプでも安いエリアが、全体では高くなるのでしょうか。
全体の平均は、各住宅タイプの物件数によって変わる
逆転を生んでいるのは、各エリアに含まれる物件の構成比の違いです。全体の平均は、各住宅タイプの平均賃料を、そのタイプの物件数で重みづけした値になります。
物件数を見ると、両エリアの構成の違いが分かる
先ほどの仮想例に、物件数を加えて確認します。
| 住宅タイプ | Aエリアの平均賃料 | Aエリアの物件数 | Bエリアの平均賃料 | Bエリアの物件数 |
|---|---|---|---|---|
| シングル向け | 6万円 | 10件 | 7万円 | 90件 |
| ファミリー向け | 12万円 | 90件 | 13万円 | 10件 |
| 全物件(両タイプ合計) | 11.4万円 | 100件 | 7.6万円 | 100件 |
Aエリアではファミリー向けが90%を占め、Bエリアではシングル向けが90%を占めています。全体の平均賃料は、次のように計算します。
- Aエリア:〈6万円×10件+12万円×90件〉÷100件=11.4万円
- Bエリア:〈7万円×90件+13万円×10件〉÷100件=7.6万円
住宅タイプ別の結果も全体の結果も、計算上は正しい値です。
高い住宅タイプの割合が、全体の平均を押し上げる
Aエリアには賃料水準の高いファミリー向け物件が多いため、全体平均は12万円に近づきます。一方、Bエリアにはシングル向け物件が多いため、全体平均は7万円に近づきます。
同じ住宅タイプではAエリアが安くても、賃料水準の高い住宅タイプがAエリアに多く含まれることで、全体ではAエリアが高くなるのです。
実務では、住宅タイプ別の平均賃料と物件数をセットで確認することが重要です。平均賃料だけでは逆転が起きたことは分かっても、なぜ起きたのかまでは説明できません。
報告に使う数字は、比較の目的から選ぶ
全体と内訳のどちらを使うかは、答えたい問いによって決まります。どちらか一方を常に優先するのではなく、何を比較した結果なのかを明示する必要があります。
実際の物件構成を知りたいなら全体を見る
「今回集計した物件は、エリアごとに平均でいくらか」を知りたいなら、全体の平均がその問いに答えています。仮想例では、Aエリアの11.4万円とBエリアの7.6万円を使います。
ただし、ここから「同じような物件を探すならBエリアのほうが安い」と結論づけることはできません。全体の平均には、住宅タイプの構成比の違いが含まれているからです。
報告では、例えば次のように記載します。
集計対象の全体平均はAエリアのほうが高い。ただし、Aエリアはファミリー向け物件の割合が高く、住宅タイプ別では、いずれもAエリアの平均賃料が低い。
この説明なら、全体の結果と、その解釈に必要な内訳を一緒に伝えられます。
また、対象が掲載物件のデータなら、そこで分かるのは掲載物件の平均です。成約した物件の平均賃料や、エリアに存在するすべての賃貸物件の平均とは、対象が異なります。比較目的に加え、何を集計した数字かも明記する必要があります。
背景の説明は、現場の一次情報で確かめる
構成比が逆転を生んだことは、集計表から確認できます。一方、なぜその構成になったのか、今後も同じ状態が続くのかは、集計表だけでは分かりません。筆者は、こうした背景を考える際、現場担当者が直接見聞きした情報を重視しています。
ただし、現場の説明は、そのまま原因の証明になるわけではありません。「この背景が影響したのではないか」という仮説として扱い、手元のデータや別の情報と照合します。Hernánらの論文(2011年、International Journal of Epidemiology)も、シンプソンのパラドックスの解釈において、統計的な関係だけでなく背景知識を踏まえる重要性を論じています。[1]
観測数が少なく、追加の定量調査にも時間がかかる場合には、定性情報を補って判断する必要があります。筆者の経験では、追加調査を設計し、実査から集計・分析まで進めると、2〜3か月を要することがあります。
その場合も、定性情報によって数字の不確実性が消えるわけではありません。何が確認でき、何が仮説として残っているかを明示したうえで、判断の期限や実行後の検証方法を決めます。
よくある質問
グループ別と全体の結果が逆転したら、集計ミスなのでしょうか。
集計ミスとは限りません。グループごとの水準と構成比の違いによって、正しく計算しても逆転は起こります。ただし、対象期間や分類基準、除外条件が一致しているかは確認が必要です。
グループごとの平均を単純に平均してはいけないのでしょうか。
各グループの件数が等しければ、単純平均は全体の平均と一致します。件数が異なる場合は、件数で重みづけします。グループを同じ重みで比較する目的なら単純平均にも意味がありますが、実際の全体平均とは区別して表示します。
グループを細かく分ければ、比較の精度は上がるのでしょうか。
条件の違いを把握しやすくなる一方、各グループの観測数は減ります。比較目的に関係する条件で分け、件数やばらつきも確認します。細分化した結果の大小だけで、判断の確かさが増したとは言えません。
参考文献
- Hernán, M. A., Clayton, D., & Keiding, N.(2011)The Simpson’s paradox unraveled. International Journal of Epidemiology, 40(3), 780–785. Oxford University Press. 論文情報・要旨。DOI: 10.1093/ije/dyr041