「手元にデータがあるので、まず良い感じに分析して、何か面白い示唆を出してほしい」。データ活用の現場では、こうした依頼を目にすることがあります。しかし実際には、毎週違う切り口の分析が増え、レポートやBIを作ったものの結局使われない、という結果にもなりがちです。
問題は分析手法ではありません。そもそも「何が分かれば分析を終えてよいのか」が決まっていないことにあります。
「良い感じに分析して」と丸投げすると、分析が終わらなくなる
データ分析を丸投げすることの大きな問題は、分析の終了条件がなくなることです。
「このデータから何か面白いことを見つけてほしい」という依頼では、何をもって「面白い」とするのかが決まっていません。分析者は、実際に分析して結果を見せるまで、その切り口が依頼者に必要とされているか判断できません。
筆者がこれまで見てきた現場でも、このような依頼では総花的にさまざまな切り口を見ることになりがちでした。
週次ミーティングに向けて一通り分析して結果を出す。すると、「今度はこの切り口で見てほしい」「そういえば、これも確認できないか」と別の分析が追加される。翌週にはまた違う観点が話題になり、分析する内容自体が変わることもあります。
一つひとつの依頼に意味がないわけではありません。問題は、何が分かったら一区切りなのかという基準がないため、分析範囲が際限なく広がりやすいことです。
面白いものが出るまで探す分析には終了条件がない
「何か良い示唆を出して」という依頼では、暗黙のうちに「面白い結果が見つかるまで探す」ことがゴールになりやすくなります。
しかし、属性別、商品別、エリア別、時系列、利用状況別など、データにはさまざまな切り口があります。それらを掛け合わせれば、分析パターンはさらに増えます。
どの切り口を優先するのかが決まっていなければ、分析者としては広く見るしかありません。そして一度結果を提示しても、期待したほど面白くなければ別の切り口を探すことになります。
これでは、分析者の力量にかかわらず「どこまでやれば終わりなのか」を判断できません。
分析コストが膨らむ原因は、分析手法が高度だからとは限りません。問いが決まっていないために、分析の探索範囲を絞れないこと自体がコストになるのです。
仮説は「正解を当てるもの」ではなく、分析の終了条件になる
では、どうすれば分析を終えられるのでしょうか。
筆者は、実務における仮説の大きな役割の一つは、分析に終了条件を与えることだと考えています。
ここでいう仮説とは、高度な統計知識を使って作るものに限りません。「このようなことが起きているのではないか」という、検証可能な小さな問いで十分です。
たとえば、「特定の行動をするユーザーが多いのではないか」という仮説を立てたとします。
実際に分析して特定の行動をするユーザーが多ければ、「想定通り多かった」と分かります。仮説が支持されたので、その前提で次の施策や追加分析を考えられます。
反対に、多くなかったとしても分析は無駄ではありません。
「少なくとも、当初疑っていた要因ではなさそうだ」と分かるからです。そこから「では、なぜ想定ほど多くないのか」「別の要因ではないか」と次の問いを考えられます。
つまり、仮説が支持されても、支持されなくても、一度問いに答えた時点で分析を一区切りできます。
これは「何か面白いものが出るまで探す」分析との大きな違いです。
| 「良い感じに分析して」 | 仮説を置いた分析 | |
|---|---|---|
| 分析の目的 | 面白い示唆を探す | 特定の問いを確かめる |
| 見る範囲 | 広がりやすい | 問いに沿って絞りやすい |
| 期待と違う結果 | 「別の切り口も見よう」となりやすい | 仮説が支持されなかったこと自体が判断材料になる |
| 終了条件 | 曖昧 | 問いに答えたら一度終了できる |
| 次の分析 | 思いつきで増えやすい | 結果をもとに次の問いを設定する |
「売上が落ちた」を小さな問いに分けてみる
仮説は、最初から一つに絞り切る必要もありません。
たとえば「売上が落ちている」という問題があったとします。この時点では原因は分かりませんが、いくつか小さな問いには分解できます。
- 高単価商材の売れ行きが悪くなっているのではないか
- 新規顧客を獲得できていないのではないか
- ロングテール商品の売上が落ちているのではないか
この中から一つずつ確認していけば、「売上が落ちている」という漠然とした問題の解像度が上がっていきます。
大切なのは、最初から筋の良い仮説を言い当てることではありません。
仮説は正解を当てるためのものというより、分析を前に進めるための足場と考えると、依頼する側も構えすぎずに済みます。
筋の良い仮説がなくても、丸投げせず小さく分析すればよい
「そうはいっても、何が原因なのか分からないから分析を頼んでいる」というケースもあるでしょう。
その場合に必要なのは、無理に立派な仮説を作ることではありません。現場と会話しながら小さな仮説を作り、少し分析して、また会話することです。
進め方はシンプルです。
- 現場で起きていることを話す
- 仮説の種になる小さな問いを置く
- その問いに答えられる範囲だけ分析する
- 結果を現場に返す
- 結果を材料に次の仮説を考える
このサイクルを短く回します。
仮説が支持されたら、その結果をもとに一段深く分析する。支持されなければ、別の可能性を考える。最初の問いが粗くても、分析と会話を繰り返すことで徐々に論点を絞れます。
最初から「完成した仮説→大規模な分析」という順番である必要はありません。
実際、探索的データ分析には、データの状態を把握することや新たな知見を探索すること自体を目的とする分析があります。Wongsuphasawat・Liu・Heer(2019)が18人のデータ分析者に行ったインタビュー研究でも、探索の目的としてデータの状態を確認する「profiling」と、新たな知見を得る「discovery」が整理されています。また、分析者が他の関係者に確認しながら探索と別の作業を行き来することも報告されています。[1]
したがって、「最初に仮説がない=分析を始めてはいけない」という話ではありません。
避けたいのは、仮説がない状態のまま、大きな分析を丸ごと発注してしまうことです。分からないのであれば、まず小さく探索し、その結果を現場との会話に戻して仮説を育てる方が、分析の目的を見失いにくくなります。
分析として面白くても、意思決定に使えなければ使われない
もう一つ、丸投げ型のデータ活用で起きやすいのが、アウトプットは完成したものの、現場で使われないという問題です。
筆者自身、分析側が「現場ならこのデータを使うだろう」と考え、プロダクトアウト的にBIや集計結果を提供したものの、うまく活用されなかったケースを見てきました。
分析としては成立しています。しかし現場からすると、集計の切り口が難しくて結果を読み取れなかったり、その数字をどの意思決定に使えばよいのか分からなかったりします。場合によっては、その先の顧客がそもそもその情報を必要としていないこともあります。
一方で、現場と擦り合わせながら、
- どんな事業上の意思決定をしたいのか
- その意思決定には、何が分かればよいのか
- それなら、どのデータをどんな軸で集計すればよいのか
と逆算して作った集計は、実務で使われやすくなります。
ここにも、小さく作って会話することの意味があります。
BIや分析結果を最後まで作り込んでから「どうですか」と渡すのではなく、途中の段階で「この切り口なら判断に使えそうですか」と確認する。そこでズレていれば、少ないコストで方向を修正できます。
「何を見たいか」より「何を決めたいか」から始める
データ分析を依頼するとき、最初から高度な分析手法や正しい仮説を考える必要はありません。
まず話したいのは、「このデータで何が見られるか」ではなく、「今、何について判断したいのか」です。
そこから「その判断をするうえで、こういうことが起きているのではないか」と小さな仮説を置く。そして少し分析する。結果を見てまた話す。
良いデータ活用は、一度の依頼で完璧な答えを出すことではなく、こうした短い分析と対話の積み重ねによって作られていきます。
まとめ
「データがあるから、良い感じに分析して示唆を出して」という依頼で最も困るのは、分析者が何も分析できないことではありません。むしろ、分析はいくらでもできてしまいます。
だからこそ、どこまで分析すればよいのか分からなくなります。
仮説があれば、支持されても支持されなくても一度問いに答えられます。仮説がないなら、現場と会話しながら小さな問いを作り、短い分析を返せばよい。重要なのは、最初から正解を持つことではなく、分析を終えられる問いを一つずつ作ることです。
自社にデータはあるものの「何を分析すればよいか」まで整理できていない場合も、いきなり大きな分析テーマを決める必要はありません。まず意思決定したいことを整理し、小さな仮説を作るところから始めることで、データを実際の判断につながる形へ近づけられます。
参考文献
- Kanit Wongsuphasawat, Yang Liu, Jeffrey Heer「Goals, Process, and Challenges of Exploratory Data Analysis: An Interview Study」2019年